ここまで相続税申告に当たっての不動産の評価について、財産評価基本通達による評価方法の原則、留意点、国税不服審判所の裁決事案から見た注意すべき点をお話ししてきました。
ネット記事を見ると不動産を購入することで財産評価額が下がり、相続税節税につながりやすくなるという記事が多く見られますが、その際に注意しなければならない点について説明されているものはあまりありません。
ここでは、不動産を通じた相続税節税を行う際に注意しておくべき点を概説します。
不動産を通じた相続税節税方法
不動産のみならず、現金等まで含めた相続税節税方法については、2通りのアプローチがあります。それが『相続財産自体を減らす』『評価額を下げる』の2パターン。それぞれご紹介します。
相続財産自体を減らす方法
これには生前贈与や子供等に住宅資金・教育資金を援助することによる非課税枠を利用する等の方法があります。
評価額を下げる方法
これは不動産の相続税を下げる最も有効な方法です。持っている金額=財産評価額とはっきり誰にでもわかるため、現金や預貯金は財産評価額を下げることはできません。
しかし、不動産を購入すれば評価額を下げることは可能です。
単純に考えてみましょう。不動産取引において売買価格は時価や相場で決められます。
実際の時価や相場がいくらかということは一概には言えず難しいのですが、仮に法律上「取引の指標とする」とされている地価公示による土地価格が取引価格とすると、相続税路線価は地価公示価格の80%の水準で設定されているわけですから、単純に考えて財産評価額は2割下がります。
購入した土地が規模の大きい宅地や小規模宅地等の特例を受けられる場合、更に評価額が下がります。また、ローンでアパート等を新築して賃貸経営をする場合、ローンは負債として相続財産のうち消極財産として控除できますから、相続税額を減らすことが可能となります。
不動産を通じた相続税節税について問題となり得る実例
筆者が税理士の方から聞いた実例では、不動産を生前贈与することで相続財産額を減らそうとしたケースがありました。贈与を受けて申告しなかった場合、税務署が調査して税額を決定して課税します。ただし、申告期限後6年を経過するとこの決定のできる期間が過ぎます。いわば時効となり、贈与税の課税ができなくなります。(ただし、贈与のあったことを隠したり偽った場合は7年です。)
一般的に不動産の贈与は不動産を引き渡し、所有権の登記を移転して完了します。しかし、登記はただ権利を保護するためだけのもので、所有権の登記が移転されていないからといってそのことが贈与がなかったとは言えません。実際は贈与契約書を作成し、その効力が発生した時点で贈与があったとするのが法律上の判例・通説です。
この事件は、不動産を贈与した後、公正証書を作成したものの所有権移転登記はしなかったものです。所有権移転登記をすれば国税庁は調査することができますから、贈与があったことはすぐ分かり贈与税が課税されることになります。
しかし、公正証書の作成にとどめておけば公証人役場から税務署にいちいち通知はしませんから、自分で申告しなければ贈与があったことは税務署には分かりません。
そこで、公正証書を作成し贈与の効力が発生する日に不動産を目立たないように引渡をして、税金の時効期間を経過したら所有権移転登記をするとすれば、課税されないのではないかと考えた事案です。
同じような事案が国税不服審判所に持ち込まれたことがたくさんあるようですが、当然ながらほぼ全て否決されています。
この事案では、
『真に贈与をする意思があって贈与するのなら、所有権移転登記を行うのが一般的社会通念から見て通常であるから、登記の移転をする等外見上誰が見ても贈与があったと分かるようなことをするはずであるし、登記移転をしては困るという特別な事情もない。そのためこの事案では単に公正証書という文書を作っただけで実際には贈与があったとは言い難い、よってこの不動産を相続税の課税対象から除くべきではない』
と裁決が下され、贈与税はありませんでしたがしっかりと相続税が課税されました。
不動産の相続税節税まとめ
相続税は一気に多額の税金が課税される可能性があり、また期限も相続のあった時から10カ月以内と短いため、相続税節税について多くの人が頭を悩ませます。特に不動産は一般的な人がその価格を判断することは難しく、財産評価基本通達も慣れていないと税理士の方ですら良く分からないということが往々にしてあります。さらにその素人が良く分からないことをいいことに、『多額の相続税を減額することができます!』と闇雲に営業をかけてくる税理士や不動産業者もいます。
相続税の申告は、本来「適切に不動産の価値を評価すると、この価格になります」と判定し、負担すべき税金は負担し、負担しなくても良い税金は負担しないという考え方であるべきですし、その考え方であれば国税庁から税務否認を受けることはまずありません。
また、相続税申告に当たっても「財産をこのように振り分ければ、または相続人に認められているこの制度を利用すれば相続税額を減らすことはできる」という提案をし、その実行にアドバイスをするのが本来の節税コンサルの仕事をする人の仕事であるはずです。
上の例のような不当な税金逃れは認められません。
節税の世界の表現で良く言われる言葉ですが、脱税と節税は違います。
どうしても分からない際に、違法な税金逃れや脱税、不当な評価や相続税額自体は減らすことができても長期的に見て損になる提案等ではなく、制度や評価方法を適法に利用すればここまでの相続税節税が見込めますよ、というような専門家に相談すべきであると考えます。
相続税の申告の際には、最悪の場合追徴課税等が課される可能性もありますので脱税にならないかどうか、相談している税理士等に十分確認をしておくことも、税額を減らすことと同じくらい重要なことだということを忘れないでいただきたいと思います。